黒川研の最新情報4


黒川研究室の夏合宿 '97/9/5〜7

これから毎年恒例となる???と思われる、黒川研究室の夏合宿が、1997/9/5(FRI)〜9/7(sun)に行われた。今回の合宿は電源開発の電力設備見学を兼ねるコースとなった。なぜそうなったか考えてみると電源開発には電気を学んだことのある人なら一度は耳にしたことがあるだろうと思われる、周波数変換所(佐久間)があるためそこに決まったのだろう^^;。電源開発及びJQAの方々に感謝の気持ちを抱きつつ、これから黒川教授一行の珍道中を紹介したい思うのでお暇な方はお付き合いください(^.^)。

1997/9/5 FRI. IN HAMAMATSU

黒川教授、研究室の学生(9名)+2名は、この日九時過ぎに東京駅に集合し、新幹線こだまで一路浜松へと向かった。途中、小田原駅でお荷物君(?_?)を拾い、お昼前には浜松に着き、そこからタクシーをひろってまず最初の見学場所のJQA(日本品質保証機構)ソーラーテクノセンターを訪問。ここでは、黒川研究室の研究テーマでもある太陽光発電システムの測定を行っていた。
jqa.gif (360796 バイト) まず、室内で簡単にJQA の概要について説明を聞いた。この説明の最中に浜松名産の“うな重”が登場。昼も過ぎていたため、みんな太陽電池の話よりうな重のほうに気が行ってたのでは??みんなお腹いっぱいになった後はこの広ーいテクノセンターの中を見学!!
皆さんはこんなにいっぱいの太陽電池を見たことがありますか? この太陽電池は一列ごとに作っているメーカーが違うそうです。テクノセンターでは太陽エネルギー利用がさらに促進されるように研究開発をしているそうです。僕らも負けないようにがんばりましょう^_^;。この写真を見ると太陽電池パネル群の右側に送電線の鉄塔があるが、この鉄塔を見て黒川教授の古い血が騒いだのか、送電についての講義を受けることができた。
様々な装置を見せてもらった後暑く感謝のこころを抱きながら、西鹿島駅へと向かった。そう!タクシーといえば、某K氏が持ってきた荷物が困ったちゃん一号となったことを思い出す・・・!! 西鹿島駅には、予定より早めに到着したので駅周辺の散策を行った。近くに川があり、のどかとういう言葉にふさわしいところだった。しばらくして電源開発の方に迎えに来ていただき、今晩の宿「静流クラブ」という会社の方の専用の宿に向かいました。そこに行くまでの天竜渓谷の眺めは雄大でした。それに加え、これから向かう宿にも驚かされることになるとはだれもしらなかった。  静流クラブは山間の途中にあり、とても静かなところにあった。名の通りといえば、それまでである。ここで、食することになったのは「フランス料理」だった。某K氏の話では「これには、まいった。なぜ・・・」。フランス料理の食仕方を学ぶことの出来た 楽しい食事もすみ、夕食の残りの酒をつまみに皆で話に花を咲かせていた。そんな中、火花を散らし真剣な眼差しで駒を指す者もいた。彼らはその後、夜を徹した勝負を行っていた。

電源開発について知りたい方は電発ホームページへ


1997/9/6 sat. IN SAKUMA

この日は大学生にとってはちょっと早い8時朝食ということで何人かは寝坊するだろうと予想はされていたが、この予想は見事に的中し某M氏は朝食の時間になっても起きてこなかった・・・・・。 いろんな経験をし?? 静流クラブと後にしてはじめの目的地「佐久間発電所」に向かった。佐久間発電所で発電所と天竜川にそびえ立つダムの概要を説明を受けた。天竜川流域にはそれぞれの地形に応じたタイプのダムであるそうだ。そして、佐久間発電所は50[Hz]と60[Hz]の境目に当たるため、両方の周波数を作らなければならないそうだ。またこの立地条件から当然周波数変換所も必要になる。そこで周波数変換所の見学をした。ここでも黒川教授の古い血が騒ぎ電源開発の方に熱心に質問をぶつけていた。
次に地下に揚水発電所がある新豊根ダムに向かった。佐久間ダムより天竜川の上流にあり、あまり人も訪れないのか車がすれ違うことができないような小さなトンネルをいくつも抜けていった。しかもすれ違うのは10屯トラックばかりであった・・・・(^_^;)。日本最大級の揚水発電所だけあって、発電機も大きかった。
再び佐久間ダムに戻り、今度はダムの中(皆さん、イメージ出来ますか?)に特別に入れてもらった。ダムのかはとても寒く息が白かった。佐久間ダムを下から見るとこんな感じです。いつもは見下ろしてみることしかできないので、なんだか変な感じがした。この日最後の見学場所は佐久間電力館であった。渋谷に電力館があるが、それとほぼ同じような施設である。ここで大きな荷物を持ってきたk氏ら数人が某ゲームにはまっていた。その他数人もほかのげーむにはまっていたような気がする・・・・^_^;。
単線のJR飯田線に1時間半ほど揺られて、その日の宿へとむかっていった。宿名は「宮古グランドホテル」と名は豪華な気がしていたのだが、行ってみてびっくり旅館だった・・・(某K氏)。到着した時間が19時と遅かったため、ついてまもなく宴会の花が咲き始めた。宴会では、皆普段以上に酒を飲み、大人の飲みで盛り上がっていた。しばらくしてから、カラオケも登場し、当然かの曲も流れていました・・・・。夜もふけたころ、突然電気が消えた。でもすぐつく、とういう現象があった。これは宿主の無言のメッセージだったのだろうか?今でも謎に包まれている。それを期に宴会はおひらきとなって、それぞれ部屋で2次会を行った。 そんなこんなで、黒川研合宿の2日目が終わっていった。

1997/9/7 sun. IN TENRYUKYO

次の日は天気もまあまあで、予定通りに 天竜川下りをした。2日間の疲れが出ていたのか皆あまり元気はなく、船は川を流れていった。そして、天竜峡の景色を堪能し、川下りを終え、仕方がなくお土産などを買い、お昼過ぎに天竜市をあとにした。 そして、散々みんなに迷惑をかけたお荷物にまたぎ天竜の山に消えていった者が・・・・。そして彼の生存を確認するには何日もかかるのでした。ほかの人は電車に揺られ爆睡しながら家路に着くのであった。 こうして、3日間の黒川研合宿は終わるのであった。

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